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現在の南寺方周辺は、守口市城内でも最も低湿地にあるため、開発が遅れていたと考えられるエリア。
排水が悪く、雨が降る度に農作物に被害が出るので、江戸時代の人々も頭を痛めていたという。
解決の糸口は、最上流にのみ設置されている水を引くための管・樋にあった。これがあることで、下流での用排水の調節が不可能になっていたためだ。
これに対して立ち上がったのが喜左衛門だった。
寛永11(1634)年、事態を改善しようと隠密裏に計画し、一夜のうちに上流の樋を撤去し自己所有地に樋を造り上げたのだった。
しかし、官許を得ずに勝手に作業を行った罪で捕らえられ、翌年処刑されてしまう。
喜左衛門の樋は取り壊されずに残され、以後長く水害から一帯を守ったという。現在樋は中央環状線に埋没してその跡はないが、樋跡には記念碑が建てられている。